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東京地方裁判所八王子支部 昭和48年(ワ)156号 判決 1975年10月14日

原告

比留間賢一

被告

安藤武勝

主文

被告は原告に対し金二八九万九二五〇円およびこれに対する昭和五〇年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限りかりに執行できる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し四六九万一五三〇円およびこれに対する昭和五〇年三月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

原告訴訟代理人は、請求の原因として

一  事故の発生

昭和四八年二月一五日午後四時四五分ころ、東京都八王子市大谷町四三二番地先の交差点で、訴外川嶋秀男運転の普通貨物自動車(多摩四四さ八八四一号、以下「加害車」という。)と原告運転の足踏式二輪自転車(以下「被害車」という。)とが衝突し、原告が傷害を負つた。

二  責任原因

被告は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたのであるから、自賠法三条により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

三  損害

原告は、本件事故によつて脳内出血、右側骨頭蓋底骨折等の傷害を負い、直ちに森整形外科病院に入院したが、二〇日間は意識が消失し、鼻出血、右耳出血があるなど脳内出血による頻死の状況にあつた。入院二〇日後に意識を回復し、その後も病状は一進一退の状況を繰り返していたが、幸い生命をとりとめ、昭和四八年六月一三日同病院を退院した。

その後、原告は、自宅で安静療養をしながら右病院に通院中であるが、現在も学校の成績が低下しているだけでなく、根気がなく、一時的放心状態や易怒性を有し、精神的に不安定な状況にある。また、レントゲン検査の結果、前頭部の大部分および後頭部の一部分に濃厚な陰影が認められ、右部分に血腫または充血状を示している。さらに、最近の脳波検査による脳細胞の働きはボーダーライン、アブノーマルの判定を受け、脳波の再検査を必要とされている。外傷性てんかんその他の後遺症が今後発生する可能性も多分に認められる。

以上の事実に基づく原告の損害は次のとおりである。

(一)  治療費 一四四万三七三〇円

(二)  付添看護費 三八万八三〇〇円

1  職業的付添人による分 一〇万〇八〇〇円

原告が危篤状態にあつた入院当日から一四日間、職業的付添人の付添看護を受け、これに要した費用。

2  近親者による分 二八万七五〇〇円

原告の入院中原告の母や祖母が昼夜二四時間付添看護にあたつた分で、一日二五〇〇円の割合による一一九日分。

(三)  入院雑費 五万九五〇〇円

一日五〇〇円の割合による一一九日分。

(四)  慰藉料 三〇〇万円

(五)  損害の填補 五五万円

強制保険金五〇万円と被告による任意弁済金五万円を受領したので、以上の損害合計四八九万一五三〇円からこれを控除する。

(六)  弁護士費用 三五万円

四  結論

よつて、原告は被告に対し、四六九万一五三〇円およびこれに対する事故発生後である昭和五〇年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告主張の抗弁に対する答弁として、「原告の過失を否認する。」と述べた。

被告訴訟代理人は、請求原因に対する答弁として

第一、二項は認める。

第三項のうち(五)は認めるが、その余は争う。

と述べ、抗弁として

訴外川嶋は、加害車を運転し、本件交差点に差しかかつた際、左方道路から被害車に乗車し、ハンドルにローラースケートをつり下げた原告が交差点に接近するのを発見したので、警笛を鳴らしたところ、原告は、停止するような状態でヨロヨロと交差点に進入し、加害車の左前部に接触して転倒した。

原告が進行していた左方道路には、本件交差点の手前に一時停止の標識が設けられており、かつ、原告の動静が右のごとくであつたので、同訴外人は、警笛を鳴らし、時速五〇キロメートル以下で本件交差点を通過しようとしたものであつて、同訴外人に過失があつたとしても、その程度は重大ではない。

事故後、現場で警察官が被害車を調べたところ、ブレーキがきかない状態にあつたことが判明したが、原告の右のごとき動静はこれに基因するものと考えられる。

したがつて、本件事故の発生については原告にも過失があつたことは明らかであり、当時九才の原告に責任能力がないというのであれば、親権者である本件法定代理人両名にその責任があるから、被告は過失相殺を主張する。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。

二  責任原因

同第二項記載の事実は当事者間に争いがない。

三  損害

〔証拠略〕によると、原告は、本件事故によつて脳内出血、右側頭骨・頭蓋底骨折、頸椎挫傷の傷害を負い、その治療および検査のため、事故当日の昭和四八年二月一五日から同年六月一三日までの一一九日間、森整形外科病院に入院し、退院後昭和五〇年三月一八日までの間に三〇回同病院に通院したこと、入院当初、原告は意識を完全に消失し、鼻出血、右耳出血、全身痙れん、嘔吐等の症状があるなど頻死の状態にあつたが、手当を尽された結果、約二〇日後には意識を回復し、ようやく一命をとりとめたこと、退院後の症状として、その当初は一時的放心状態を示すこともあり、レントゲンおよび脳波検査の結果も思わしくなかつたが、次第に軽快に向い、現在では季節のかわり目に頭痛を訴えることがある程度にまで回復したことが認められる。

そこで、以上の事実を前提にして原告の損害について検討する。

(一)  治療費 一三五万九七五〇円

〔証拠略〕によると、原告は、前記の治療および検査を受けたことにより、その費用として合計一三五万九七五〇円を出捐し、同額の損害を受けたことが認められる(原告主張の金額から、付添看護費用に含まれる付添人の食事料および貸寝具料合計七万五六四〇円および趣旨不明の雑費八三四〇円を控除したもの)。

(二)  付添看護費 二八万円

〔証拠略〕によると、原告は、入院期間中付添を要する状態にあり、危篤状態にあつた入院当初の一四日間は母親のほか叔母らの近親者三人かかりの付添看護を受け、その後も終日母親らによる付添看護を受けたこと、その謝礼として父比留間康治は、右叔母らに対し合計一〇万〇八〇〇円を支払つたことが認められる。

以上の事実によると原告が付添看護を受けたことによる損害としては、入院当初の一四日間が一日五〇〇〇円、その後の一〇五日間が一日二〇〇〇円の各割合による合計二八万円

と認めるのが相当である。

(三)  入院雑費 五万九五〇〇円

入院中原告が一日五〇〇円程度の雑費を支出したであろうことは推認に難くないので、入院雑費として一日五〇〇円の割合による一一九日分合計五万九五〇〇円の損害を認めるのが相当である。

(四)  過失相殺について

〔証拠略〕によると、本件事故は、宅地造成がなされた分譲地内の交差点で、加害車と被害車とが出合頭に衝突したものであるが、加害車の進路である西に通ずる道路は、その南側が一面に空地となつており、被害車の進路である左方道路との間の見とおしは極めて良好であること、交差道路の交通量はいずれも少なく、被害車の進路側には、交差点の入口に一時停止の標識が設置されていることが認められる。

右の事実によると、本件事故の発生については、原告に右方道路の安全を確認しないで交差点に進入した過失があつたことは明らかである。

しかしながら、〔証拠略〕によると、訴外川嶋は、当時九才の原告が被害車に乗つて交差点に接近しているのを知りながら、クラクシヨンを鳴らしただけで、その動静に注意を払わずに時速約五〇キロメートルで交差点を通過しようとしたため、同乗者が「危ない」と叫ぶまで衝突の危険が迫つていることに気付かなかつたことが認められ、同訴外人の過失が極めて重大であること、同訴外人は無免許で加害車を運転していたこと、その他原告主張の財産上の損害はすべて治療関係の費用であることなどの諸事情に鑑み、原告の右過失は慰藉料の算定にあたつて考慮するにとどめ、財産上の損害については過失相殺をすべきではないと考える。

(五)  慰藉料 一五〇万円

原告が前記傷害を負つたことによる精神的苦痛を慰藉すべき額は、以上の諸事情に鑑み、一五〇万円と認めるのが相当である。

(六)  損害の填補 五五万円

請求原因第三項の(五)記載の事実は当事者間に争いがないので、以上の損害金合計三一九万九二五〇円から五五万円を控除する。

(七)  弁護士費用 二五万円

原告が本件原告訴訟代理人に本訴の追行を委任したことは記録上明らかであるところ、被告において賠償すべき弁護士費用相当の損害額は、本件訴訟の経過等の諸事情に鑑み、二五万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上の理由により、被告は原告に対し二八九万九二五〇円およびこれに対する事故発生後である昭和五〇年三月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小長光馨一)

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